「おい、見てみろよ。この広告」
若い男が、壁に無造作に貼り付けられた一枚の広告を指さして言った。
筋骨隆々で、身長は二メートル近く。耳にはピアスをし、サングラスがよく似合う。
金色の髪は乱雑に後ろに束ねられ、ゴムで止めてあった。どうやらアメリカ人らしい。
そして彼の隣には、頭のてっぺんがアメリカ人の肩にようやく届く、小柄な青年が立っていた。
あまりハンサムとは言えないが、どこか知的な趣があり、笑顔が似合いそうである。
・・・無精ひげを生やしてるのが玉に瑕ではあるが。
「あぁ、俺らにはぴったりの仕事だ」
−傭兵求む
仕事内容は面接時に。多額の成功報酬を保証。
年齢制限は無し。ただし実戦経験がある人のみに限る。 −
多額の成功報酬。
莫大な金額を妄想し、よだれを垂らす情けない格好を周りに晒していようとは、二人が気づくはずもなかった。
The FREETERs ?
「はい、○○○○で御座います」
「あの、広告を見て電話したんですけど」
「お待ちください、担当の者に変わります」
しばらくの沈黙。
「電話変わりましたよ」
軽薄そうな男の声が、電話の向こうから聞こえてきた。
「あ、あの、広告を見て」
「そうですか、じゃぁすぐに面接しよっか」
「ほ、本当ですか!?」
「すぐに来て欲しい。あ、念のために聞いとくけど、実戦経験はあるんでしょうね?」
「そりゃもう。修羅場をくぐってきましたから」
嘘ではなかった。
二人は幾度となく実戦を・・・不必要な実戦を乗り越えてきた。
「頼もしいね。じゃ、今から言うところに来てね」
「はい!」
アメリカ人は思いきり目を輝かせながら電話を置いた。
「やったぜヨウ!これで久しぶりにまともな飯が食えるかもな!」
その一言に、ヨウと呼ばれた小柄な青年も目を輝かせた。
「見たところ・・・二人とも体力はありそうですね」
先ほどの電話の男が、二人をまじまじと見つめる。
「えぇ!体力”だけ”は自身あるっすよ!」
アメリカ人は自分を主張しようと、力一杯大きな声で話した。
「ジョン、声がでかすぎるよ・・・」
隣に座っていたヨウは、耳を両手で押さえた。
「それで、仕事の内容は?」
「うん、40時間後にここから貨物潜がでる。それの護衛をして欲しいのよね」
「護衛、ですか」
「何か不服でも?」
「いえ、文句なんてありませんよ!」
ジョンが大きく首を横に振った。
それを見て気をよくしたのか、男はこう告げた。
「時間がありません。採用します。この書類にサインを」
「え?マジっすか!?」
あまりに唐突で、二人は目を丸くした。
「頼みましたよ〜。あ、航路などの詳細はあとで送っときますから」
「ま、任せてください!」
「わかりました。で、一つ質問なんですけど」
「なに?」
「出航は40時間後なのに、何故”時間がない”と?」
男は苦笑した。
「実は君たちが最初の応募者でしてね」
「なぁ、思ったんだが」
「・・・なんだ?」
「絶対やべぇって、この会社」
「なんとなくそんな気がする」
彼らは舗装された細いコンクリートの道を歩いていた。
ヨウは、強化ガラスで覆われた壁の先の海を見上げながら言った。
「そもそもなんで俺はこんなどいなかのアクアポリスにいるのか、それすらもわからなくなってきたよ」
「まぁそう言うなって。俺だって好きでここにいるんじゃない。金ができたらさっさとヴィルディナを出て別の街へ行こう」
「あぁ、すぐに、な」
ヴィルディナ・アクアシティー。とある大陸棚にある、無名の街。
シティーと言ってもとても寂れていて、町中を歩いてもほとんど人気はない。
いわゆる”過疎状態”というやつである。
最近は収入の悪い小さなシティーを出て、巨大都市群を成す”ポリス”に行く若者が少なくない。
しかし、ポリスは物価が高く、並の収入では暮らしていけない。
貧乏だが、夢はある。そんな人がやってくるのがこのヴィルディナ・アクアシティーであった。
「さて、ついたぜ」
彼らは、錆びついた古い倉庫のような建物に入っていった。
階段を上り水密ドアを開けると、その先に彼らの”愛機”が現れた。
「お待たせ、ハウンドランカー♪」
ジョンの視線の先には、全長20mほどの物体が水に浮いていた。
高速戦闘潜水艇「SsS-208 ハウンドランカー」。
高イオン化電磁誘導モーターを搭載し、高速で水中を駆け回ることができる。
その速度はアメリカの潜水艦「シーウルフ」をもしのぐ60ノット以上を記録する。
最近では、新耐圧甲殻設計により潜行能力も飛躍的にあがり、500m以上も軽々潜れてしまう。
人類は、今まさに「水中文明時代」に突入しようとしていた。
「ヨウ、兵装はどうする?」
「いつものでいいだろう。Mk125ロケットドライブを30本」
「OK、発注しとく。ついでにデコイもだな」
「さて、もうメールが来ててもおかしくねーな」
「確認する」
ヨウは船内に入り、端末の電源を入れてネットワークに接続した。
案の定、依頼主からメールが入っていた。
貨物潜のスペック、目的地、目的地までのルート等々。
しかし、それらを見て行くにつれてヨウの顔は青ざめていった。
「ジョン・・・こらぁ、本当にやばいことになるぞ」
それもそのはずである。
貨物潜は超がつく旧式。
目的地はくそ遠く、二日以上かかる。
そして、何よりもルートが最悪だった。
「なんでわざわざ海賊の出没地域の真ん中を通るんだよっ!!」
それを聞いたジョンは思いっきり階段から足を踏み外したが、ヨウはその事に全く気づかなかった。
それから二人はとても忙しかった。
魚雷を搬入し、爆雷投下機を設置し、足回りを強化するためにブーストを付けたり・・・。
とにかく、一日でやれる量ではなかった。
しかし、一日やらなければはっきり言って海賊に襲われて死ぬ。
二人は必死こいてがんばっていた。
「酷な話だぜ・・・」
ジョンがぼやく。
「あぁ、全くなぁ」
ヨウが頷き、続けてぼやく。
「護衛というか、むしろ海賊狩りだよな」
「全くだ」
さっきからこんな調子がずっと続いていた。
「てかなんでこんなに旧式なんだ。新しい形式の貨物潜はないのか」
「ハウンドランカーで運べる量なら、俺らが運ぶのになぁ」
・・・。
二人は顔を見合わせた。
「そもそも運ぶ荷物ってなんなんだ?」
夜。誰もいない、波止場。小さな明かりが、等間隔で灯る。
カラスが倉庫の屋根の上で羽を休めている。
桟橋には数隻の船。やはり人影はない。
ただ赤と緑の認識灯が点滅しているだけである。
「・・・誰もいねぇな」
「その方が好都合じゃないか」
「そうだな。で、例の”ミスティックファルス号”は何番埠頭だ?」
周りをしきりに気にしながら、ジョンは小声でささやいた。
ヨウが携帯端末を操り、最新情報を引き出そうとした・・・しかし。
「なに?」
画面にはエラーの文字。
「どうした?何かあったのか?」
「ミスティックファルス号という船は、現在停泊しておりません・・・だとよ」
「そんな馬鹿な!」
「しーっ。大きな声を出すなよ」
「すまんすまん。で、本当にいないのか?」
「わからん、何らかの理由で隠蔽されてるのかもしれない」
「なるほどな。俺らに護衛を頼むくらいだから、相当価値のあるものを運ぶに違いない」
「まぁ、だとしたら何故海賊が出没する地域にわざわざ突っ込むのかはなはだ疑問な訳だが・・・」
「それは言わない約束だぜ・・・」
「とにかく探してみよう」
探すこと数分・・・。
「なんじゃこりゃ・・・」
「なんだろうね・・・」
二人はとっても怪しいセクションを見つけた。
「しかし・・・ここまでやるか?」
「普通はやらん。いくら盗難防止でもこれはちょっと・・・」
目の前に広がる光景を見て、二人は呆然とした。
修理途中なのか、全体が工事用の足組で覆われて、防音ネットが覆ってある。
しかし、異常なのはその中身だった。
サーモセンサー、重量感知計、赤外線暗視装置などなど・・・
やりすぎとも思える、まぁ実際にやりすぎなのだが、そんな防御策を施してあったのだ。
「・・・ど、どうする?」
「決まってるだろう」
ジョンは即座に決意を固めていた。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず!!」
ヨウが制止する前に、すでにジョンは跳躍していた。
「馬鹿!待てジョン!!」
・・・次の瞬間。
ヴィィィン、ヴィィィン、ヴィィィン!!
「やべぇ、警報装置がなっちまったぞ!」
ジョンが叫んだ。
「馬鹿野郎!お前がそんなアホなことするからだ!!」
「お前が発した大声も大いに問題ありと思うが・・・」
「どっちでもよろしい!逃げるぞ!!」
「おい、どっちへ行くんだ!出口はこっちだぜ!?」
「何言ってるんだ。このどさくさにお宝を拝見していくのさ」
「ま、マジかよ!?」
二人は猛烈に走った。
走って走って走りまくった。
それはさながら障害物競走である。
「後ろから警備員が追ってきたぞ、ヨウ!」
「なんとかしろ、ジョン!」
「なんとかしろったってどうすればいいんだ!」
「拳銃持ってきてないのかよ!?」
「こんな事になるんだったら持ってくればよかったー!」
「しょうがない奴だな・・・ほれ、拳銃」
「ありがとよ、恩に着るぜ」
ジョンは拳銃を受け取るなり、後ろに発砲した。
追いかけてきた警備員数名は、とっさに脇に隠れて応戦してきた。
激しい銃撃戦が狭苦しい通路で勃発した。
「ここは俺に任せろ、先に行け!」
「わかった、ジョン。捕まるんじゃないぞ!」
そして足を踏み出して五歩。
「ジョン・・・どうやら目的の場所は”ここ”らしいぜ」
「ここ?」
「あぁ、ここが貨物潜の中らしい。壁にミスティックファルス号って書いてある」
「はぁ!?」
「結局何もみれなかったな・・・。まぁ、ミスティックファルス号がとてもぼろっちぃってのはよーくわかったが」
ジョンはとても疲れた表情で言った。
「まったくだな・・・。まさか銃痕から浸水してくるとは思わなかったよ」
二人はその後、警備員と激しい銃撃戦を繰り広げながら出口を見つけ出し、命からがら逃げ帰ってきたのだ。
結局、貨物潜の中には多量の木の箱がたくさん積まれていることくらいしかわからなかった。
「でさ、思ったんだけど」
「なんだ?ヨウ」
「俺ら、守れるわけ?」
「無理。絶対」
「だよな・・・守れっていほうがおかしいよ」
「最前は尽くそう。海賊狩ったら、公安から賞金も出ることだし」
「もうそっち目当てでいくしかないよな・・・」
出航当日。
「潜長のマードックです。よろしく」
「よろしく」
ヨウたちは、浮かない表情でマードックと握手をした。
「しかし、昨日は大変でした。不審者が本潜に進入しましてね。
後一歩のところまで追いつめたんですが逃がしてしまいました。
たぶん海賊の一味だと思うのですが・・・」
「はぁ」
海賊扱いされ、ジョンはむっとした。
(ジョン、表情に出すなよ。相手にばれるぞ)
(それくらいわかってらぁ)
「さて、そろそろ予定の時間なので出航しましょう」
「アイアイサー」
二人はそれぞれ持ち場についた。
「ダイバニクスに異常なし。全制御システムオールグリーン」
「こちらSsS-206、出航準備完了」
『了解、ドッグ注水を開始する』
管制官が出航を告げた。
実際、戦闘潜水艇を操縦するのに、二人という人数はかなり少ない。
しかし、それを可能にしてるのがダイバニクス(ダイブ=潜行とエレクトロニクスの造語)である。
この潜行電子機器がバランスを調整し、二人での操縦を可能にしていた。
「おーし、ドッグの注水が始まったぞ」
「了解。メインベントを開く」
「電磁モーター異常なーし、推進器異常なーし」
「ドッグ注水完了、モーター始動」
「モーター始動よーし。微速前進、速力三分の一」
「貨物潜は?」
「後ろにいるよ。ついていくと言ってきた」
「よーし、ならエンジン全開にして飛ばしちゃおっかな〜♪」
「・・・ま、やめとけ」
「ピーッ、魚雷接近中!魚雷接近中!」
けたたましい警報とともに、AIが死の旋律を奏でる。
「な、いきなりかよ!」
ジョンは少し、そうほんの少しと本人は確信していたのだが、休息していた。
しかし、破壊の予告を奏でるその協奏曲に、流石の居眠り屋ジョンも飛び起きた。
「ヨウ!どうなってる!」
「左前方三十度から魚雷二本接近中、距離は5000だ!」
「まだ距離はあるな・・・よし、取り舵三十度。二十秒後に魚雷を撃つ」
「わかった。だが敵は一人ではないようだ」
「あぁ、そうだろうな」
「ピーッ、魚雷発射音確認!魚雷発射音確認!」
「今度はどこだ!?」
「右舷後方二十度、距離3000!」
「3000だと!?変温層に隠れてて気づかなかったか・・・!」
「二十秒経過!魚雷発射する」
ズバァァァン!
激しい圧搾音と共に、Mk.125ロケットドライブが敵に向かって突進を始めた。
Mk.125ロケットドライブ、それは市販の魚雷の中でも最高級の精度と威力を持った、
高性能ホーミングトーピードである。
「魚雷は順調に航走中。転舵するか?」
「・・・・」
「おい、ジョン!?聞こえてるか?」
「まだだ。転舵するにはまだ早い。それより貨物潜は生きてるのか?」
「あぁ、相手が狙ってるのは今のところ俺たちの方だけだ」
「そうか・・・よし、今だ。デコイ発射。面舵六十度、エンジン停止、無音潜行!」
魚雷は目標音源を失って、たちまち迷走を始めた。
そして、あさっての方向で自爆してしまった。
「よし、反撃に出るぞ、ヨウ!」
「了解!一番から四番までの魚雷装填完了」
「「ピーッ、新たに三台の敵を確認!目標をγ、δ、εと認定!」
「だぁ!うぜぇ!またふえやがった!」
「ジョン、まずいぞ!γとεが貨物潜を狙ってる!」
「なに!?面舵百二十度、モーター前回、全速前進!!」
「やばい、γとε、両方とも全門同時一斉発射しやがった!」
「間に合わない・・・!」
「俺らの金ずる〜!!」
「避けろ〜〜!!」
ゴオオオオオォォォォォォォォォンン!!
「魚雷命中音多数!船体破壊音、海水流入音共に確認!」
「く・・・沈没か!!」
「己ぇ・・・海賊ども!」
「俺らの」
「怒りの」
「魚雷やら」
「機雷やら」
「爆雷やら」
「受けて」
「みやがれ〜!!!」
結局、彼らは海賊潜水艦を一度に十九隻も破壊した。
当然連続撃沈記録世界一である。
任務を遂行できなかった彼らはヴィルディナ・アクアシティーに戻ってきた。
「俺たち、何やってたんだろう」
「あぁ・・・依頼主に振り回され」
「謎な貨物潜の中を走り回ったり」
「海賊船を退治したり」
「したもんなぁ・・・」
「ご苦労様でした、ジョン、ヨウ」
「まったく、死ぬかと思ったぜ」
「ところで、貨物潜に乗せてた荷物ってなんだったんですか?」
「あぁ、あれ?ただの石ころだよ」
「・・・・は?」
「何かの、聞き間違い、だよな?な?」
「石ころ」
「・・・・どういうことだ」
「いやぁ、本当に運びたいのは別の貨物潜を使って送っています。
今頃、向こうの都市についている頃でしょう。
もうお気づきでしょう、あなた達はダミーだったんですよ」
「だみぃ・・・!?」
「肝心の報酬はどうなってんだ!」
「報酬は最初から出す気はありませんでしたよ。どうせこうなることがわかってましたからね」
「では、ミスティックファルス号の乗員も最初から殺すつもりだったのか!?」
「そんなそんな。あれは元から無人ですよ」
「・・・無人!!?!」
「そう、リモートコントロールのね。あの潜長は今頃ここの管理センターで別の貨物潜を操縦してますよ」
依頼主がその後二人の手によってぼこぼこにされたのは、想像に難くないだろう。
終