Text No.001
テーマ「憲法九条論議から考察する、日本人の意識問題」
日本人は非常に「流行」に弱いと言われている。ファッションを見て取れば、例えば「あの女優が着ているから」「あの男優が持っているから」等の理由で、自分に見合うものなのか、必要なものなのかの吟味もせず、手に入れようとする。このような事態が別に悪いと言っているわけではないが、悪くないと言うのはこの場合がファッションだからである。しかし似たようなことが、すなわち「単純な動機のみによって、意志、行動が決定される」ということが、社会的、政治的場面においては、危険な状態を引き起こすというのは十分に考え得る。
日本は民主国家であり、国民の一人一人が主権を持っている。主権とは国を動かす力であるが、主権は日本人一般が想像しているよりもはるかに強い力を持っている。というのも、この主権の使い方次第では、戦争をも可能にしてしまうからだ。「戦後日本人の意識構造」中の第三部「安全保障と国際貢献」に述べられているように、神戸大学の学生を対象に行われたアンケートでは、九条改正反対が五四.九%と過半数を超えているものの、今後の動向によってはこの数字は大きく変動すると思われる。九条改正が絶対にないとは言い切れない時代になっているのだ。
しかしここで本当に問題なのは、「九条を改正するか」という結果的な話ではなく、「何故、九条を改正することに賛成(もしくは反対)なのか」という理由である。
九条改正賛成派の意見は、「自衛の立場をはっきりさせるべき」「政府が行う解釈には限界がある」「自衛と国際協力のための軍事力の保持を明確にすべき」等が挙げられていた。ここで「自衛」と言う注目すべき語が登場している。ここで言う自衛とは自国を自ら守ることに他ならないが、日本人が持つ「国を守る」意識はかなり曖昧である。これからの日本の防衛のあり方について、一九九七年内閣官房広報室が行った調査によると、「米軍と自衛隊によって防衛」が六八.一%と最も高かったにもかかわらず、同年讀賣新聞が行った「もし極東地域で日本を巻き込む国際紛争が起きてアメリカが軍事行動を起こした場合、日本はどうすべきか」という調査で最も多かった回答は、「負傷兵の治療や非軍事面での人的支援だけを行う」三四.二%、次いで「自衛隊は日本の領海と領空内のみで米軍の軍事行動に加わる」二四%、「一切関わらない」一一.五%、「米軍の軍事費を負担するだけ」五.六%と、驚くことに実に七五.三%、四分の三以上の人が消極的意見であった。この二つの調査は、「防衛は日本とアメリカの両国で行う」としながらも、「日本は消極的参加」という、「自衛」という考えからはかなり矛盾した結果になっている。
次に九条改正反対派の意見を見てみると「九条精神支持」「今の政治家に任せると改悪になる」というものだった。では自国を守るにはどうするのかと言えば、「自衛隊維持」や「アメリカに頼る」といった、九条精神と矛盾した意見を主張するのであり、「非武装中立」という意見はたった七.九%(九七年内閣官房広報室)にとどまっている。
では九条改正賛成派、反対派共に矛盾が生じるのは何故であろうか。それは日本人が巨視的に物事を見ることをしていないからである。その場その場で考え、いわば至近距離から物事を見ているので、他のことについて考えが及んでいない。つまり現代の日本人が先述の「単純な動機のみによって、意志、行動が決定される」状態なのだ。
我々日本人はもっと真剣に諸問題に取り組まなければならない。そのとき物事を巨視的に意識して捉えること、周りの意見に流されないことが重要である。そうすれば「現状維持」という「流行」は断ち切られるはずである。
引用著書:「戦後日本人の意識構造 −歴史的アプローチ−」 須崎慎一編著/梓出版社
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